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​アースアートとは

池田一は、アースアートについて、「ランドアート、アースワークから、環境アート、エコアートに至る、『自然系のアート』の総称であり、未来への方向性を示すものである」と語る。

 

1960年代から、アメリカの商業主義的な美術の動向に反発するかたちで、アーティストたちが自然の大地、特に広大な砂漠や草原地帯をキャンバスに大規模な作品を造り始めた。ランドアート、アースワークと呼ばれるアートの潮流である。それから、環境アートなどの動きが加わって、今や約50年が経つ。その「自然環境とアート」との関係の歴史を見直す動きが随所に現れている。

 

―標準的なアートの歴史では、1960年代の初期のランドアートやアースワークから、大阪出身のアーティスト・池田一などの環境アートのシフトについて言及するだろう。-

この文章は、ミネソタ大学出版局が2010年に出版した『アースアートの倫理学』という本について書いた評者の言葉である。この本は、1960年代のロバート・スミッソンから始まり、その変遷の歴史を論じた後、終章で「地球に倫理的に向き合うこと」を最重要なテーマとして掲げ、その代表的なアーティストとして、池田一を論じている。

 

2011年にフィンランドのポリ美術館で開催された『ECO―ART』展も見逃せない。やはり、1960年代からの「自然環境とアート」の歴史を回顧する展覧会に、16人のアーティストを選抜している。その中で、欧米系でないのは池田一だけなのだが、最重要アーティストとして、ポスターやカタログの表紙、特集までも組まれている。

 

上例から明白にわかることは、池田一がアースアートの未来へのシフトをリードするアーティストであるという評価と期待である。何故に、リーディング・アーティスト足り得るのだろうか?「人間の制御不可能な水を使って、全く新しい言語を創出している、他には多分いないアーティスト」とニューヨークの雑誌『BREAKTHROUGH』で評されたことがある。今まで、多くのアーティストが自然環境をキャンバスとして人間本位に捉えた結果、時に環境破壊につながるケースも少なくない。それに対して、池田一のアースアートは、水を表現メディアとするため、共生・共存への提案につながる。

 

自己愛、自国主義それに伴う分断社会が横行する中、全ての人が等しく共有しえる公共性とは何なのか? 池田一は即座に「我々に残された公共性は、唯一『地球』である。」、と答える。そして、「Water‘s-Eye水の眼を通じて、『地球』は外にあるのではなく、自らの足元から拡がることを認識する。それが、一人一人の地球だ。だから、全ての人と繋がることを起点として展開しているアートプロジェクトなんですよ。未来のアースアート像です。」 日本発世界発信のアースアートは、非常に身近な存在です。

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