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public performance

●Water Piano 水ピアノ 第一回檜枝岐パフォーマンスフェスティバル、福島 1984、他

「水ピアノ」と呼ばれるパフォーマンスは、水面をピアノの鍵盤に見立てた演奏行為である。......「水ピアノ」は常に変化する楽器であり、その演奏行為も常に即興的とならざるをえない。(池田一)

●Mud Soup 泥スープ  第一回檜枝岐パフォーマンスフェスティバル、福島 1984

泥のもつ混沌さは、誕生前のカオスである。このカオスの渦中で、あらゆる人は新たな誕生を待つ存在として等しく佇むことになる。(池田一)

●Earth-Up-Mark  第二回檜枝岐パフォーマンスフェスティバル、檜枝岐川中州、福島 1984

川と空、十字形の水と人々をつなぐ水を欲した、雨だ。......十字形の中の青い水に身を没して、祝福の雨を浴びる。あとは、地球の営みと共に息づくことで足りる。(池田一) 

 

このEarth-Up-Markの写真は後に1995年国連50週記念アートカレンダーのトリの12月を飾ることとなった。

●Water Mirror 水鏡   ART-MOVE'87、大倉山記念館、横浜 1987、
                                      およびフランクリン・ファーネス、ニューヨーク 1988

あらゆる事物が、固有の息づかいを殺して、並列的に記号配置された都市環境の中に、<水鏡>は自然のサイクルと共振する「豊かな息づかい」を導入する。(池田一)

●Earth Drawing   漢江+東崇アートセンター、ソウル、韓国 1989

[Earth Drawing]は、天水をメディアとして、「地球の中の出来事」をキャンパス上に痕跡化し、その秘密のコードを読み解いて、公開するプロジェクト (池田一)

●Floating Earth 漂う地球   21回サンパウロ・ビエンナーレ、ブラジル 1991

なにより私自身を喜ばせたのは、パフォーマンスを終えて、水面から外に出た時です。ものすごい拍手が沸き起こったので、つい思わず、歌ってしまったのです、即興で。そしたら、私の声に合わせて、観客から大合唱が湧き上がって―私は、いま祝福されてる、と心底感激しました。 (池田一)

●Water Mirror 水鏡@シンガポール  
                ArtScience Museum, Marina Bay Sands, Singapore 2013

......水を吹いて奏でる、かって誰かがフリージャズだねと言った、私曰く「水奏楽」。そして、We the Peopleで始まる、国連憲章ならぬ、自作の水連憲章序文を歌い上げる。......人は、超近代的な都市空間を動き回るモルモットではない。「人の息づかい」が見える未来を、と言う思いを、水はしっかりと増幅してくれた。水たちよ、ありがとう! (池田一)

●Water Orchestra@Yakushima, Tokyo 水奏楽団  
       Harutahama Beach, Kagoshima, Japan 2017 &
                     Special Colors, Nakano, Tokyo 2017 & Atelier Q, Seijo-Setagaya, Tokyo 2018

池田一という人に共鳴した人々が、水奏楽団に次々加わっていく。それは、屋久島での野外パフォーマンスを共にした電子音学家・織田理史、ならびに東京での二つの公演での河合孝治氏率いる空観無為のメンバーだけに留まらない。野外パフォーマンスを支援してくれた地元民、電気組合、下津公一郎氏を始めとする池田氏の旧知のサポーターたち、さらには行政の人々。また東京でのそれぞれのスペースの管理者、協力者、観客の人々全てが、既に水奏楽団の楽員である。滴る水が地で拡がるように、水奏の響きは屋久島と東京という距離を超え、ますます拡大し、非暴力的に伝搬していく。 (織田理史)